創業明治15年 プライドが“傘棚”を守る
『伊勢重商店』
丸の内線四谷三丁目駅からすぐの所に洋傘専門店「伊勢重商店」(新宿区四谷3‐1
0‐3TEL:03‐3341‐5322)がある。レンガ造りの建物に、洋傘をかた
どった鉄製の瀟洒な看板。「昭和50年に今のものに建替えたとき、洒落た洋傘店が
できたということで雑誌の取材が何誌か来て話題になった。それに洋傘の看板は写真
に撮られて、小学校の教科書で参考資料として使われたこともある」と、三代目店主
の石井一夫さんは目を細める。
店内に入ると、天井に張り巡らされた格子状の鉄枠が目に飛び込んでくる。そこに洋
傘が姿勢正しく掛けられている。その様子は、まるで藤棚ならぬ“傘棚”。傘のつぼ
みのようにも映り、「傘を美しく見せたい」とする石井さんの愛情が伝わってくる。
創業明治15年。新し物好きな石井さんの祖父、重吉さんが西洋からの贅沢品として
庶民の憧れの的だった洋傘に目をつけ、製造から販売まで一手に担う事業を興した。
78坪の土地に工場と店舗を併設。10人の職人が丹精込めて作り出す良質な洋傘は
評判を呼び、商売は繁盛。初代が昭和3年に亡くなった後も、文学者の道を選んだ石
井さんの父に代わって母の喜恵さんが店を切り盛りした。しかし、二世代にわたって
続いた店も、東京大空襲で全焼した。
戦後はまさにゼロからのスタート。急場しのぎのバラックを建て、再び洋傘を売り始
める。石井さん自身も、昭和30年から母とともに家業を支え始めた。「まだモノが
ない時代で傘が壊れたら直して使うのが常識だったから、店の仕事といえば修理がほ
とんど。ひと雨降れば修理のための傘が200本は持ち込まれたかな。ラーメン一杯
が30円の時代で、傘は一本500円と高級品だったし、みんな大事に使っていたね
」。
転機は昭和35年。戦後復興を成し遂げた日本にようやくモノが出回り始め、伊勢重
商店にも新品が並んだ。商売も軌道に乗り、戦前の活気を取り戻す。「毎年売れてね
。全盛期は今でも忘れられない昭和49年。ひと雨平均100本は売れた。最高で2
50本売ったこともある」と、石井さん。
そんな石井さんも70歳を越えた。街は人口も減り、随分様変わりしたが、伊勢重商
店だけは変わらず鉄製の看板を掛け、お客さんを待っている。「やっぱり絶対にいい
傘を売っていくんだ、というプライドが自分も店も支えている」。最盛期には近隣に
19軒もあった洋傘専門店は、今では伊勢重商店一軒となったが、石井さんの洋傘へ
の愛情と誇りがある限り、これからも傘棚のつぼみは花開き続けることだろう。
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