ITAMONOMAIN PAGE┃Aceto Balsamico Tradizionale (Reggio Emilia DOP) 2
メナブレアブースのワンカット(メナブレア社提供)
バルサミコ醸造の樽やボトル (画像提供:カヴァッリ社)

バルサミコビネガー2ABTバルサミコ酢カヴァッリ・カヴ・フェルディナンドデ・ニグリス


バルサミコ ヴィネガーの歴史
La Storia ACETO BALSAMICO


バルサミコ酢の歴史
バルサミコ酢の起源がいつかということについては、残念ながらはっきりとわかっていませんが、約1000年前まで遡ることが出来ます。西暦1046年にバルサミコ酢について書かれた書物があり、これが現存するもっとも古い資料とされています。また、1115年にはベネディクト修道会の僧侶によって書かれた短いラテン語の詩の中にもこの高貴な酢は登場します。とはいえ、もっと長い歴史があると思って間違いないようです。 バルサミコ酢がここまでの伝統を語るのはただ歴史が長いだけでなく、その製法は、宗教的ともいえる厳粛さで、今日まで子孫へと伝えられてきたからに他なりません。レッジョ地方の人々はこの伝統を誇りに思い、その製法を今も守り続けています。レッジョ地方にはバルサミコ酢工房を屋根裏に所有する家族が多くすんでおり、それらの工房はビジネスというよりは一つの資産とみなしています。醸造所以外の一般家庭でも各種動産、不動産とともに相続するべき品とされているのです。バルサミコ酢が健全に熟成するためのケアの方法とともに受け継がれた酢は、今も大切に製造を繰り返し、自家消費は勿論、なじみのバルサミコメーカに納められたりします。過去には富裕層の婚姻持参金の一部にもなったといわれます。時の経過が歴史を織り成すほど長い期間を経て、稀少で高価な食材へと変化します。 近代、農業の低下の中にありながらも、品質を維持し続け、その秘宝は歴々と受け継がれ、製造され続けています。しかし、時代と共にバルサミコ酢のあり方は上流階級のステイタスであり続けながらも、商業的価値を高め、偽物も横行するようになりました。そこで、1986年4月、イタリア政府はバルサミコ酢の保護法を制定。現在もその生産地として高名高いレッジョ・エミリアを中心に、モデナ地方もこの法律によって統制・保護され、公式に生産・販売が認可されています。逆に、この地帯以外で生産されたものは、たとえ同じ工程を経た、同じ性質の製品であっても【バルサミコ酢(アチェート・バルサミコ)】と呼ぶことは許されません。イタリア国内のみに有効だったこの法律も、現在はヨーロッパ(EU)標準のDOP(保護指定原産地呼称)で指定されるようになり、より広域でその生産地が保護されるようになりました。また近年、同生産地であっても「バルサミコ酢」と呼ぶにふさわしくない類似品の取り締まりが強化し、「アチェート・バルサミコ」は、法律により、より強固に守られるとともに、その名にふさわしい製品として君臨しています。



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