「壱岐もの屋」を運営する平山旅館
当店は、九州長崎県の壱岐という離島にあり、千五百年続く古湯を三代にわたり、守ってきた小さな旅館です。
「島の恵みを少しでも全国の人に知ってもらう」を目的に当館が実質的な「壱岐もの屋」サイトの運営を行っております。元々、この企画自体、当館の一室である「からへえの間」で、何か島のためになることをしたいと何人かの心ある有志が集まり、名産を肴に焼酎を酌み交わしながら発案されたのが、当サイトのはじまりとなります。
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▲新築中の平山旅館 (昭和30年代)
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株式会社平山旅館
〒811-5556 長崎県壱岐市勝本町立石西触77番地
TEL:0920-43-0016 FAX:0920-43-0847
携帯:090-2396-9055(お気軽におかけください)
業務責任者:平山佐知子
e-mail:ikimonoya@iki.co.jp |
平山旅館年譜

▲初代当主である平山長利、泰夫婦
▲昭和30年11月1日、落成式の様子
▲現在の旅館外観 |
| 昭和10年代 |
千五百年綿々と湧き続けてきた古湯の温泉権を購入。 |
| 昭和36年11月1日 |
旅館落成式 有限会社平山旅館設立
平山泰を女将とし、アメリカ帰りのコックを雇い、こじんまりとした旅館経営を始める。※当時は、電気冷蔵庫もなく、氷式のものであったので毎日、大きな街よりバスで運ばれて、バス亭まで男衆が取りに行くような有様だった。また扇風機も一台しかなく、全部屋を回り、大活躍するような時代であった。 |
| 昭和46年9月24日 |
長利三男敏一郎に長男泰朗誕生 |
| 昭和46年11月3日 |
長利三男敏一郎が修行より、帰郷し板場を預かる |
| 昭和47年4月 |
代表取締役を長利より三男敏一郎が継承 |
| 昭和48年10月24日 |
敏一郎次男卓児誕生 |
| 昭和50年6月 |
44畳大広間及び六部屋を増築 |
| 昭和51年1月7日 |
敏一郎三男周太朗誕生 |
| 昭和52年11月2日 |
敏一郎四男功明誕生 |
| 昭和62年5月 |
大改築を行い、「からへえの間」が誕生 |
| 昭和62年6月 |
露天風呂二つを増築(島で最初の露天風呂であった) |
| 昭和60年代半ば |
従業員も20人近くを数え、大々的に業務を拡大する |
| 平成6年5月 |
JTBトラベランド主催「21世紀望まれる旅館像」論文で大賞を平山旅館が受賞 |
| 平成12年2月 |
有限会社を株式会社に改組 |
| 平成12年同月 |
代表取締役を平山敏一郎より三男周太朗が継承 |
| 平成13年11月30日 |
「壱岐もの屋」を楽天市場に開設 |
| 平成14年4月11日 |
平山旅館リニューアルオープン |
| 平成14年7月1日 |
平山旅館楽天トラベル店オープン |
| 平成14年11月21日 |
日本オンラインショッピング大賞最優秀賞小規模店受賞 |
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「壱岐もの屋」が産声をあげたからへえの間について
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「ひらやま」の名物「からへえの間」。旅館の事務所でありながらお客様と島の人々の触れ合いの部屋です。夜ともなると、誰もがここを気軽に訪れ、亭主や女将を囲んで飲み食いし、話に花を咲かせます。その無礼講の交流の中で、釣りの情報が行き交い、島での喜びや悩みが語られます。今、壱岐を動かしている数々の島おこし活動もこの部屋から生まれたといっても過言ではないでしょう。 |
▲からへえの間の囲炉裏
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女将より

▲女将近景

▲からへえの間のとある一夜
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インターネットの普及で、誰もが手軽に情報を交信できるようになりました。離島というまさに離れた地に住む者にとって、このような形で、日本中の皆さま方と交流できることはこの上のない喜びです。
私がパソコンを操るようになって、はや5年。旅館のお客さまからのメッセージのやりとりや、季節ごとに島の情報を発信するたびに、お客さまとの心理的な距離は縮まり、さらに壱岐を身近に感じてもらえるようになったと自負しております。
今回この「壱岐もの屋」サイトを通じ、島の自然の中で育まれた新鮮な食材をどこにいても簡単に手に入れることができる。インターネットのおかげで壱岐を身近に感じてくれるお客さまが多くなることこそ離島の活性化を願う一島民にとって、無上の幸せです。
離島であるがゆえに、さまざまな情報が入りにくかったのは、過去のおはなしです。むしろこの地の利をいかした最高の素材を楽しんで頂いたら、どうぞメールでも掲示板でもご感想をお寄せください。皆さまのお声を今後の店舗運営に反映させていきたいと思います。
そしていつか是非この島へおいでてみてください。壱岐の味覚に満足してもらったら、今度は直接皆さまに直接この素晴らしい島を感じてもらいたいと思います。 |
壱岐島より
女将 平山宏美 |
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