他の宝石と決定的に異なる点は 「一個の生命がみずからの組織によって 生成の時間とともに育んだ有機体」であることでしょう。
天然真珠は神々の気まぐれ、自然のいたずらというべき偶然の産物です。 貝の体内に何かのきっかけで寄生虫あるいは砂粒が外套膜上皮の細胞とともに入り込みます。これが核になるのです。
細胞はやがて闖入者をすっぽりとくるみ、真珠質を分泌し続け、 長い時間をかけて真珠を形成するのです。 貝が真珠を身ごもる確率はきわめて低く1000個のうち3個あればラッキー! というほど希少なものでした。
貝のぐにゃりとした体内から美しい光沢を放つ真珠が生まれ出る神秘、不思議は世界各地で、 さまざまな成因伝承を生みました。 月のしずく、天の露、人魚の涙、小さな月 …など比喩はどれもロマンチックです。
古代ローマの博物誌には「月夜に、海面に浮かび上がった貝がひらき 天から舞い降りた霧を吸い込んで育てたのが「真珠」という幻想的な“解説”が残されているそうです。
真珠は古代の人々にとって人智を超えた、この世のものならぬ存在だったのです。 真珠は洋の東西を問わず富と権力の象徴であり、 不老不死、辟邪(諸々の災厄を除く)のシンボルと考えられていました。 『魏志倭人伝』にわが国から魏国へ真珠が贈られた記述があります。
その数、何と5000個。 「よくて1000分の3」の確率からすれば痛くもない腹をさぐられた貝は、 とてつもない数にのぼったに違いありません。
後にマルコ・ポーロは日本の真珠はバラ色で大きく、形もみごと円形であるとほめたたえました。 おかげで日本は真珠の国としても知られるようになったのです。
『延喜式』には志摩の国から1000個の真珠が調進された記事が見えます。 真珠の国ニッポンでも、とりわけ志摩は優良な真珠の産地でした。