世界No.1 DJを決めるコンペティションRed Bull Thre3Style 。今年2015年はWold Finalが日本で初開催されるという事もあり、例年以上に熱いバトルが繰り広げられている模様です!そこで、、Red Bull Thre3Style 2015 Wold Final開催に先駆け、2013年にカナダ・トロントでのWorld Finalにて最年少、開催国外初、日本人としてもアジア人としても初となるWorld Championの座に輝いた、SHINTAROにPower DJ’sスタッフが突撃インタビューを行いました!SHINTAROのDJ史をご覧下さい!
※「Red Bull Thre3Style」(レッドブル・スリースタイル)とは、制限時間15分内で3つのジャンルの曲をプレイして、「創造性」「選曲」「スキル」「ステージ映え」「フロアの盛り上がり」の5項目を競い世界No.1 DJを決めるコンペティション。

SHINTARO Special Interview

SHINTARO Power DJ’sスタッフ(以下P).今日は宜しくお願いします。まずDJを始めたきっかけから教えてください。

SHINTARO(以下S).宜しくお願いします!DJを始めたのは15、16歳位の 時ですね。元々、地元の秋田でラップをやっていまして、その時のバックDJの機材を一緒にさわっているうちにDJの方が楽しくなってしまって、それでDJ を始めようかなと思いました。始めは地元のクラブで普通にミックスプレイをしていました、ジャンル的にはHIP HOPですね。特に90年代前半のHIP HOPが好きでした。

P.SHINTAROさんがDJ業界で注目されはじめたのはNo Tricksのチャンピオンになられてからですよね。スクラッチに興味を持ち始めたきっかけは何ですか?

※No Tricks・・・ビートジャグリングやトリックプレイを一切排除して、スクラッチのみで対決するDJバトル。

S.秋田時代、ラーメン屋でバイトをしていまして、そこで一緒に働いていた先輩がA-TRAK が出ているDVDを貸してくれまして、A-TRAKのスクラッチを見て「これはヤバイ」と思い、それからとりあえず、見よう見まねでスクラッチの練習してみました。でもなかなか旨くなりませんでしたが。。その後、18歳で上京した時に手に入れたQ-Bertの DVDに宮島さんやKOUJIさん、Ken-Oneさんなど日本の有名なスクラッチャーが出ていたのを見て、スクラッチに対するモチベーションが更に上が りました。当時、ミクシーでKen-Oneさんがスクラッチスクールを開催しているのを知って、スクラッチを教えてもらいにも行きました。

※A-TRAK・・・若干15歳にして世界最高峰のDJ大会、DMCのWorld Championとなった天才ターンテーブリスト。エレクトリックダンスミュージックレーベルの〝Fools Gold″を主宰している。
※Q-Bert・・・ターンテーブリズム、スクラッチングを究極のエンタテイメントに昇華し、スクラッチの社会的地位向上に貢献してきた、スクラッチの神様的存在。
SHINTARO P.No Tricksに初めてエントリーしたのは?

S.19歳の時ですね。2回目にエントリーした回で初めてチャンピオンになりました。 No Tricksは年間で5~6回開催されて、その年のチャンピオンが集まるグランドチャンピオンシップが年末に開催されていました。その年のグランドチャンピオンシップでは決勝でDJ KEITAに負けてしまいました。
その次の年、「No Tricks in KOREA」という日韓合同開催のグランドチャンピオンシップが「Seoul World DJ Festival」で開催されて、そこで日韓のグランドチャンピオンになりました。当時、スクラッチだけの大会はNo Tricksしか無く、それ以上の世界大会とかは無かったので、その時点でNo Tricks的大会は卒業かなと思いました。

P.No Tricks卒業からクラブDJの道が再スタートする感じですね。

S.そうですね、当時六本木で外国人にすごく人気のあった「PURE」というクラブが ありまして、そこにバイト先の先輩とよく遊びに行っていました。出入りしているうちに先輩がクラブのレジデントDJと仲良くなって、僕の事を「No Tricksのチャンピオンだよ」と紹介してくれて、そのDJの方もプレイにスクラッチをチョコチョコ入れていたので、話が合い、その流れでイベントのプ ロモーターの方を紹介いただいて、トントン拍子で話が進み、何故かいきなりゲストDJとしての扱いで誘っていただきました。
スクラッチのチャンピオンの「スクラッチ」が抜けてしまっていて、何かのDJチャンピオンとプロモーターの方が思われていたみたいで(笑)。
地元ではクラブプレイもやっていましたけど、上京してからは一切やっていませんでした。営業とかもすぐに出来る環境も無かったですし、、、
ただNo Tricksを「卒業」と思った時に、日本には自分よりスクラッチがうまい人が山ほどいるのに、なかなかアンダーグラウンドの枠から抜けられない、クラブ プレイとスクラッチは融合が出来ない結構遠い物なのかなって考えがありまして、それを繋げたいという話しを、大先輩のスクラッチDJの方と半分喧嘩になり そうなくらい熱い議論した時もありましたので、実際に自分で体感しながらやれる良い機会かなと思いました。
只、好きな曲をかけて、スクラッチを入れているだけだとお客さんは喜ばないかなと思う一方、スクラッチは自分の持ち味なので、ゲストDJで呼ばれている以 上、絶対に入れなければという気持ちもありました。そこで色々挑戦するしかない!と思いまして、アナログターンテーブルでパソコン内の音源がコントロール 出来、CDJ的な機能を併せ持つ、RANE serato SCRATCH LIVEを初投入しました。
そしてTSUTAYAにいって、今クラブで流れているであろう曲をレンタルしまくりました(笑)。
そこからがクラブDJとしての再スタートですね。
SHINTARO P.それが20歳くらいですね。
「PURE」で暫くレジデントDJとしてお世話になっていた感じですよね?

S.そうですね、そこで1年位、週末は帯でプレイしていて、平日は他の箱でもちょこちょことプレイしていました。その辺りからやっとDJだけでご飯食べていけるのかなと思っていたら、色々な理由があってPUREの営業自体が終わってしまいまして。。
どうしようと思っていた時に、PUREで一緒にDJをやっていた方が渋谷の「CLUB CAMELOT」でもプレイをしていまして、その方に誘われてCAMELOTのレジデントDJとして採用していただきました。CAMELOTは3年位レジ デントをやっていました。もちろん始めは見習いからなのでフロアのモップがけとか、DJブースとかの掃除もしていましたよ(笑)。

P.そういったクラブDJの経験から学んだ事はありますか?

S.CAMELOTでは日本人のディスコを知ったという感じですね。その前のPURE の時はお客さんの層が外国人と日本人半々位のミックスでしたので、結構インターナショナルな選曲になっていましたが、CAMELOTは完全に日本人フレー バーだったので、新譜、旧譜問わずディスコ系の盛り上げ方、女の子を躍らせる方法を学びました。
あとは自分でパーティーを企画して色々なDJの方々と知り合えたのも大きいです。そこで大御所のDJの方々にも自分のスクラッチを絡めたスタイルのプレイを認めてもらいました。

P.そこから、Red Bull Thre3Styleの挑戦となりますね。

S.Red Bull Thre3Style開催の2年目の時に所属していた事務所のボスから「試しに出てみたらどう?」、と言われまして、始めの出場の時は予選敗退で、2回目 の関東予選1位通過でJapan Finalに出まして、その時は準優勝でした。そして3回目(Red Bull Thre3Styleとしては4回目)の2013年、Japanチャンピオンになって、その勢いで世界チャンピオン取った!という感じですね(笑)。1回 目出場の時に、これはいけそうだな(チャンピオンになれそうだな)という思いは少しありましたね。
同時に僕が思い描いていた、クラブプレイとスクラッチの融合もRed Bull Thre3Styleなら完成させられると思いました。
SHINTARO P.Red Bull Thre3Styleは毎年流行りのプレイとかありますよね。

S.一昨年はトーンプレイと かですかね。 トーンプレイの流行を詳しく説明しますと、自分が(World Finalに)出る2年前に優勝したカナダのHedspinというDJが持ってきて、それを旨くアジャストしたり、CUE出しとかで使用したのがシアトル のDJ Four Color Zack。一昨年はもうトーンプレイが出来て当たり前で、トーンプレイのクオリティとセンスで競うような感じでした。 自分は「さくら、さくら」とか「スーパーマリオ」とか、母国フレーバーを前面に出してみました。

※曲中のKeyの違う音にCUE(頭出しのポイント)を複数付けて、その音をショートカットKey若 しくはコントローラーパットなどを使って、次の曲のメロディラインをピアノのように演奏するプレイ。SCRATCH LIVEだと5箇所、Serato DJだと8箇所CUEポイントを付ける事が出来る。

P.seratoならではの技ですよね。

S.アナログではまず出来ないですね。昨年のJapan FinalではBUNTA君がアナログオンリーでお客さんを盛り上げていましたけどね(笑)。今、seratoを使わないでアナログレコードだけであそこまで盛り上げられるのは本当にすごいですね。

P.世界大会で感じたこと、日本人と諸外国の方との違いなどはありますか?

S.やっぱりマインドの差ですかね。
Red Bull Thre3Styleでは毎年開催国の代表が優勝していて、あとはやっぱりアメリカも強いのと、カナダも強い。2013年はトロントでの開催でしたので、 トロントのAdam DoubleyouというDJが優勝するか、もしくはアメリカの代表だろうと言われていて、皆その2人をマークしていました。 Adam DoubleyouはNational FinalのルーティンとWorld Finalのルーティンが構成は少し違いましたが、かなり似た感じのルーティンになってしまっていて、、なんだか緊張している感じというのか、「またか」 (また開催国代表か)という雰囲気がお客さんからDJにも伝わったのか、ちょっとナーバスになっていたようで、力を出しきれずに負けてしまいました。
僕も自身が理想として考えたルーティンがなかなか受けず、お客さんの心をつかみきれず、予選突破に至りませんでした。
Red Bull Thre3Styleにはワイルドカードという敗者復活枠がありまして、これも今までは全て開催国代表が選ばれていました。只、今回は大分感じが違って、 嬉しいことにトロントの街中で散歩している人とか、会う人会う人から「SHINTAROにワイルドカードをゲットしてほしいと思っているから」って言われ ました。
期間中は皆、ジャッジもヘッドライナーも同じホテルで過ごすようになっていまして、DJ Shortkutからも「お前がワイルドカードだと思うな、もう1セット準備しておいたほうか良いよ」と言われていたので希望は捨てずに待っていたら、ワイルドカードに選ばれました。

※DJ Shortkut・・・Q-Bert所属Invisibl Skratch Piklzの元メンバー、現在はBeat Junkiesのメンバーとして活躍するスクラッチ界の大御所。

それと同時にAdam Doubleyouのワイルドカードは無くなりましたが、Adamとはすごく仲良くなっていたので「大丈夫、俺はお前のことを愛しているから頑張れ」って 言ってくれまして。。本当に自分のプレイの時は、ずっと応援してくれていて、ブースのまん前で「パーフェクト!」「ウォー!」とかすごく盛り上げてくれた りしていて、勝ち負けじゃなくて良いものは良いっていうナイスなマインドを感じました。トロントのWorld Finalは皆ハッピーな感じでしたね。
すごく印象に残っているのですが、審査員だったカナダのレジェンドDJ Skratch Bastidに「予選のルーティンは微妙だったけど、お前は4日間あきらめないで、トロントのシーンの事、お客さんの事を考えた。そして2000人のお前 の事を知らないフロアに居るお客さんから一瞬で愛された。それはお前がお客さんの事を愛したからじゃないのかと、そこがアジャスト力って部分で、ジャッジ 全員がDJはこんな風にお客さんに合わせる事が出来るものだって思った。そこのバランス感、お客さんの為に合わせるっていうのがDJにとって一番重要な事 だと俺は思った」と言われました。
SHINTARO P.DJとしてだけじゃなくて人としての世界観がだいぶ変わりますね。

S.そうですね、今までは色々な種類のDJの中で、自分はどういう位置で、どういう選 曲、どういうプレイスタイルをしなければいけない、という意識を強く持っていましたが、これからは、ダンサーだったり、シンガーだったりラッパーだったり 色々なアーティストのクリエイティビティの中でDJは何が出来るのだろうという考え方になりました。
DJとしてのマインドは大きく変わりましたね。

P.海外DJのオファーは増えました?

S.かなり増えましたね。
この間は4週間で10カ国回って、20回エコノミー乗って、、で腰をやられました(笑)

P.海外の楽しいお話はまた次の機会にということで(笑)、次に楽器店らしい質問を(笑)、今使用しているDJ機材は何ですか?

S.ターンテーブルがPIONEERのPLX-1000かTechnicsのSL-1200シリーズ、でDJミキサーがPIONEERのDJM-900SRT、15分とかタイトなプレイセットだったらDJミキサーはRANEのSIXTY-TWO、DVSでRANE serato SCRATCH LIVEですね。 SCRATCH LIVEはシンプルですごく使い易いソフトですね。SCRATCH LIVEの次世代バージョンのSerato DJはSerato Flipとか色々な可能性を広げられる機能があるので、今後どんどんと使っていきたいと思っています。 あとはコントローラーでNovation DICERです。

P.TechnicsのターンテーブルとPIONEERのターンテーブル違いはありますか?

S.あまり大差はありませんが、PIONEERはプラッターのぐらつきがあまりないの で、スクラッチする時はかなり使い易い感じがします。ピッチコントロールも±50%ありますし。CDJと同じような使い方が出来ますよね。ハウリングに強 くなっているのも良いですね。信頼感もありますし、次世代の定番機種になると思います。

P.DJミキサー、PIONEER DJM-900SRTの良い所は?

S.音が良いですね。大きければ大きい空間であるほど良いのが分かりますね、音の輪郭もしっかりしていますし。あとはエフェクターがすごく使い易すく、クオリティが高い。
パーツの耐久性もあるので安心して使えます。

P.楽曲制作で使用されている機材は?

S.NIのMASCHINEとDAWがProTools、オーディオインターフェイスがAPOGEEのDuet、モニタースピーカーにはFocalのCMS40ですね。制作に関してはこれからって感じです。制作用のスタジオも構築していきたいので、どんどん機材を増やしていきたいですね。

P.弊社も協力させていただきたいと思います(笑)。
それでは、今後の目標をお願いします。


S.一番の着地点は5年後の東京オリンピックの開会式でDJをする事、そこから逆算して色々と動いています。

P.大きな目標ですね!今後もSHINTAROの動向に注目していきます!
今日はありがとうございました!

SHINTARO プロフィール

SHINTARO 世界チャンピオンとなりグローバルに活躍する彼のルーツは幼少期にあった。4歳の頃からピアノや和太鼓の演奏に触れ、現在の類希なる音楽センスの糧を形 成。その後15歳でHIPHOPカルチャーに触れる中、DJを開始。数々のバトルで活躍した彼は、Vestax主催の『NoTricks DJ Battle』では3度の優勝、2010年の韓国『SeoulWorld DJ Festival』のNoTricks in KOREAでは日韓グランドチャンピオンにも輝く。その後スクラッチがメインのバトルDJ卒業を宣言。クラブPLAYに注力し、活躍の幅を広げる中、 2013年にはRedBull Thre3Styleに日本代表として世界大会に出場。初出場ながら史上最年少かつ開催国外DJ初となる世界制覇を成し遂げた。これは日本人としてもアジ ア人としても初となる快挙でRedBull Thre3Style World Champion SHINTAROの名はDJ史に深く刻まれた。
世界チャンピオンの称号を手にしたあとも彼の勢いはとどまる事を知らない。ジャンルの枠を超えるボーダーレスな選曲とテクニカルなスクラッチで構成される 彼の革新的なプレイスタイルは世界各国からも称賛され、海外からのオファーも後を絶たない。ベルギー、ドイツ、オランダの主要7クラブを巡るヨーロッパツ アーの大成功やアジア圏においては台湾の主要クラブをコンプリート。絶大な評価を得ておりその後もシンガポール、マレーシア、台湾、上海、北京などは定期 的にスペシャルゲストとして招致され続けている。クラブプレイのみならず近年世界的ムーブメントとなっている屋外フェスティバルにおいても多数の実績を積 んでおり、2014年アムステルダムで開催されたHIPHOPメインのENCORE FESTIVALや遂に日本上陸を果たした世界最大級EDMフェスであるULTRA MUSIC FESTIVALにてメインステージに登場。ジャンルレスなPLAYが数万人のオーディエンスやダンスミュージック関係者から評価されている。
既に世界中から多数のオファーが届くようになった彼は、2014年11月、GMOインターネットグループが世界に向け発足させたGMO Culture Incubationの初の公式所属アーティスト・プロデューサーとして再始動。世界のシーンを席巻する軌跡をたどっている新時代のDJ/プロデューサー である。