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| 井口悟志先生:はじめまして、井口です。今日はご多忙の中、森先生にわざわざ井波までお越しいただきまして、本当にありがとうございます。 森 大衛先生:はじめまして、森です。こちらこそ、お招きをいただきまして、ありがとうございます。井波は街の景観がすばらしく、素敵なところですね。 井口:ありがとうございます。井波は後小松天皇の命によりこの地に瑞泉寺が建立されて以来、600余年の歴史があり、信仰の町として栄えてきました。そして江戸時代中期に焼失した瑞泉寺の再建の折、京都から派遣された御用彫刻士が井波の宮大工に伝授したとされる彫刻の技術を継承する「木彫りの町」なのです。今回、私が手がける井波彫刻(経済産業大臣指定伝統的工芸品)の表札は、代々継承されてきた技術をみなさんに身近に感じ取っていただきたいと思い製品化しました。 井口:おかげさまで森先生の賛同が得られ、異分野作家とのコラボレーション「森大衛先生直筆プレミアム表札」を制作するという願いが叶いまして、私自身、大変嬉しく思っています。ありがとうございます。 先生は、現在、日本を代表する書家として大変ご活躍ですが、いつ頃から書道を始められたのですか? |
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森:習字を始めたのは小学校4年生の頃。それまでは図画工作の方が得意だったのですが、習字教室に通い始めたのをきっかけに、まわりの友達よりもうまくなりたい気持ちが強くなっていき、6年生の頃には、学習発表会など校内の催しの看板などは全て任せられるようになっていました。それでも当時は将来書道家になろうとは考えておらず、社会人になり趣味のひとつとして書道をやっていましたが、県内外の展覧会などに応募するようになって、書芸術の魅力に惹かれて猛烈にハマっていったという感じですね。 井口先生は、この道に進まれたきっかけはどのような形だったのですか? |
| 井口:私も小学校から高校まで図画工作や美術は成績優秀でした。(笑) ご存知のとおり、井波彫刻の伝統工芸士の家に生まれ育ち、私は2代目です。井波彫刻の業界には、現在も徒弟制度が受け継がれ、親方の家に住み込んで5年間の丁稚奉公が基本です。親父は現在に至るまで、15人もの弟子を育ててきました。私は小2の時から、住み込みのお弟子さん達と同じ釜の飯を味わい、その大半と一緒に暮らした経験があります…なんて、一般の方には理解出来ない世界でしょうね。(笑) そんな経験がどう影響したのか解りませんが、通った高校は一応進学校だったりするのですが、高校卒業後、迷いもなく、私自身も親父の弟子達と同じように、現在も日展で活躍している工芸作家の師匠の元に弟子入りして、井波彫刻の基本と工芸美術の基本や感覚、それに、丁稚奉公から人間性までいろいろと学びました。 ところで森先生は、現在、富山県出身の書家として日々ご活躍されていますが、ご自身の書家としての歩みを振り返り、あの頃は大変だったと感じられるようなことはありましたか? |
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| 森:様々な苦労はありましたが、さほど苦労とは思っていないところが本音です。ただ、雪が降ると思い出すことがあって、書道教室を開くにあたり、生徒募集のチラシを配り歩いたことでしょうか。3月中頃でしたが、まだ天気が不安定で、猛吹雪の中を一軒一軒回りました。百件以上回って、最初の生徒はたった二人でしたが、それがプロとしてスタートした記念すべき日だったのかもしれないですね。現在では、おかげさまで渋谷でも教室を開き、毎週富山と東京を往復する生活を送っています。 井口:苦労を苦労とは思わない!素敵なお言葉とエピソードですね。新たな試み、そして、願い!成功への軌跡ですね。先生は様々な書展に出品されていますが、いつもどのような想いで、創作活動をされていますか? 森:僕はまず、書道神経を極めることから始めています。書の歴史をさかのぼり、中国では書聖といわれる王羲之や唐の四大家、日本では弘法大師空海をはじめとする三筆・三跡など、書の大家が書き残したあらゆる古典を徹底的に臨書します。臨書とは絵画でいうデッサンのような基礎練習。そしてその筆法が血となり肉となり、精神をもつかさどり、さらに森大衛という一個人のオリジナリティーや、現代感覚も盛り込んで、魅力的な書が生まれると思うのです。伝統に裏打ちされたところからの展開ですね。井口先生はいかがですか? 井口:私は江戸時代より受け継がれてきた伝統ある井波彫刻の職人で、伝統工芸士の看板を背負っていますが、芸術家である師匠、根っからの職人である親父から学んだものを糧に、独創的な発想・探究心のもとに作品づくりを心がけています。日展に出品した作品は近年忘れがちな「家族」「絆」「愛」をテーマに重点を置く作品づくりをしてきました。現在はテーマを重視するのはもちろん、井波彫刻の伝統的な技法も取り入れながら、日展で培った表現方法、感覚を取り入れる・・・。私が今、浮き彫り表札でしている、地板を気持ち張った彫り方、文字と地板の境界を丸鑿でぼかしあげる。そして、文字に岩彩を蒔絵する。親父が立案し私が進化させた、うちだけのオリジナルなのです。 森:書は一見、平面芸術と思われがちですが、書と彫刻は相通ずるものがあるような気がします。私の中では、書は3D。三次元芸術なのですよ。 |
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井口:そうですね、書も彫刻も同じ想いですね。展覧会は自己表現の場ではありますが、私は展覧会に来ていただく方々に、どう喜んでいただくかを常に考えて作品を創作していました。しかし展覧会での作品と、井波で普通に店頭販売されている作品との間に、違和感があるように感じていました。 私は、展覧会の作品と井波彫刻の作品がもっとバランスよく、それぞれの良さをアピールできるような作品づくりができないものかと考えています。今回私が手がける表札はそのひとつです。井波彫刻の伝統ある技法でひとつひとつの文字を躍動感あふれるものとして表現し、展覧会の作品のようにメッセージ性をもたせる。家族が集う家の「表札」を日々忘れがちな家族の「絆」というメッセージのもと、やさしく表現しています。私は伝統ある井波彫刻の表札を一彫り一彫り丁寧に作り上げることにより、人々が強く、そして、共に支えあって生きていくことを願い、今回の「表札」の制作・販売を手がけることを決意しました。森先生同様、作品に「魂」を込めて制作に取り組んでいますね。 |
| 森:僕自身も書家として、依頼主が求める以上に「いかに魅力的な作品に仕上げるか!」といったことを追い求めていますね。それが究極の「愛」につながると思いますし、職人、芸術家としての醍醐味です。この表札はカタログ的な表札とは違いますからね。「同じ名前のお宅に、全く同じ表札が!」なんてことはありえませんから。(笑) 井口:そうなのです。表札のひとつひとつが情熱のこもった作品なのです。こちらとしても、依頼を受けたからには、いかに喜んでいただけるかを考えながら制作していますし、依頼主の喜ぶ顔がかてとなりますから。 森先生は、現在、書家として様々な活動をされていますが、県外に行かれますと、あらためて郷土富山を見つめる機会が多くなるように感じるのですが、いかがですか? |
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森:富山の人々は真面目で堅実ですし、良いものを見定める目を持っているように感じます。書道をやっていない人でもたとえ子供でも、プロに近い目線で芸術を評価する。土壌的に感性が育っているように感じます。だからこそ井波彫刻もここまで受け継がれてきているのだと思います。井口先生のような富山県井波の伝統工芸士が実直にコツコツ作り上げる井波彫刻の作品が全国のみなさんにご愛顧いただけることを願っています。 井口:ありがとうございます。森先生にそう言っていただくと、身が引き締まります。井波彫刻の伝統を守り受け継ぐ身として、伝統工芸士の「心」と「技」が全国の皆様にご理解いただけるように頑張ります。今回、私自身が手がける井波彫刻の表札は、家の玄関、一家の「大黒柱」の顔ともいえます。その大切な「大黒柱」の顔とも言える「表札」を富山県人のひとりとして、一彫り一彫り真面目に丁寧に彫り上げていきたいと思います。 |
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森:井口先生と私は.歳も同じですし、同じ作家として、共感できる部分が多々あります。偶然、同じ年に富山県美術展で県展賞を受賞してるんですよね。
井波の伝統工芸品から生まれたこの表札は、きっと全国の皆さんに高く評価されることでしょう。 井口:ありがとうございます。書家、森先生の書道精神を井波彫刻の表札に托し、誠心誠意で彫り続けていきたいと思っています。今後も富山県人として全国の皆様に「家族」の「絆」が感じられる、伝統工芸井波彫刻の表札をお届けできるように励んでいきたいと思います。本日は、ご多忙のところ、井波までお越しいただきまして、本当にありがとうございました。 森:こちらこそ、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。 |
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