再びサイゴン駅へ
しばらく睡眠をとり22:00にチェックアウト。ところがホテルのフロントにいつもいるお嬢が出かけていてオヤジさんしかいない。彼女が金庫のカギを持っているので、ここには無いと言い出すではないか。金庫には預けていたパスポートが入っている。各方面に連絡を取るも、お嬢はつかまらず、合鍵も見つからないため、結局金庫を壊してパスポートを出してくれた。日本ではありえないトラブルだが、このオヤジさんは結構いい人だった。
急いでタクシーを捕まえて「サイゴン・ステーション」というものの、タクシードライバーは英語がわからない様子。「マジか!」と思いつつガイドブックで「駅」を探し「サイゴン・ガ−」と言う。それでも通じないため、書いてある文字を見せる。ようやくわかったらしく「ガー・サイゴン」と連呼しながらしきりにうなずく。そしてなにやら説明をしはじめた。ベトナム語は中国語より2つ多い6音声からなる。イントネーションが違うだけで意味がまったく違うのだ。「ガー」には駅のほかに「鶏肉」の意味があり、鶏肉入りのフォーを注文する時には「フォー・ガー」という。おそらく自分の発音は「サイゴン・鶏肉」になっていたのだろう。タクシードライバーは、壷にはまったようで、しばらく笑っていた。
サイゴン駅には定刻10分前に到着し、無事列車に乗ることができた。列車は最近できたE2という最新型の寝台列車だ。座席は6人部屋の最下段だった。同部屋には軍人2人とおばあさん・中年の女性・女子高生がいた。
統一鉄道

全長1726km。
ハノイからホーチミンまでベトナムを南北に縦断する鉄道だ。ホーチミンのサイゴン駅を23:00に出発し翌々日の5:00に到着する寝台車のE2に乗った。およそ30時間の長旅だ。
相変わらず下痢が続き、列車の適度な揺れも加わって2時間おきにトイレに駆け込む。面倒なのも手伝って列車内にもかかわらずトランクス(パンツ)で移動する。写真は今回の旅で唯一のセルフショット。寝台ベッドの中で安静にしている様子。顔色も悪いし覇気も無い。
早朝5:00。俄かに車内が賑わってくる。なんと、朝食の車内サービスが始まっていた。朝食と言ってもフォーのカップ麺。軍人の一人、ベンガル似のホックさん(47歳)が「食べろ」と言って差し出してきた。あまりほしくなかったが食べてみる。そうおいしいものではなかった。しばらくするとホックさんが「カフェにいこう」と言い出し、同僚のミーさん(50歳)と3人でカフェカーに行き、紅茶をご馳走になる。ちなみにベトナムでは紅茶=リプトンだ。メニューにもそう書いてある。
自分達の部屋に戻ってからは英単語会話の始まりだ。ミーさんは英語が喋れないため主にホックさんとの会話だ。といってもほとんど英語は喋れない。なんでもホックさんはロシアとポーランドに計6年間も赴任していたので3ヶ国語を話すことができるらしいのだが、英語は単語をいくつか知っているだけだ。彼とは起きている間中、ほとんど喋っていたので、いろいろな話をした。そして、給料が$90くらいだと知らされ、カフェカーでおごってあげればよかったと思ったりもした。
以前経験したニューヨークからナイアガラまでの列車の旅は、景色がほとんど変わらず退屈極まりないものだったが、ベトナムは日本にも似た田園風景がありなんとなく心を和ませてくれる。そうかと思うとレンガ造りにペールトーンの壁を持ったキッチュな家がぽつんと立っていたり、椰子林があったりと、いろいろな表情を見せてくれた。

圧巻だったのはハイヴァン峠。
景勝地としても知られているが、南北縦断の際の最大の難所だ。
海抜は約600mあり、文化的にも気候もここを境に変わると言われている。ハイヴァンのハイは海、ヴァンは雲と言う名のとおり、雲に覆われている日が多いらしいのだがこの日は快晴。眼下には青い海と水平線が一面に広がっていた。
翌朝5:00。定刻どおり列車はハノイ駅に着いた。2人とは握手をして別れる。さすがにツアーオフィスもまだ開いていないため、しばらく待合室で待つことにした。
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