すっかり回復したものの、楽しみにしていたハロン湾は長距離移動を強いられるため、近場のバチャンへ行くことにした。ウィングカフェのフロントに聞いてみると$15で連れて行ってあげるとのことだったので自家用車で連れて行ってもらった。ハノイのタクシーは英語が離せないドライバーが多いのでこの方が安心だ。
ハノイの市街地を流れるホン川を横断し、その土手を30分ほど南下すると電線が束になっているところがあり右手にバチャン村がある。ちなみにホン川は「紅川」と書き赤みを帯びた濁流だ。街よりも高い位置に流れているためよく氾濫するとドライバーは教えてくれた。
このバチャン村。日本ではバッチャンと呼ばれることが多い。言わずと知れた陶器の名産地だ。日本でも千利休が茶器として愛用していた。

繁華街は村に入ってすぐのほんの数100メートルのところなのだが、メインロードにもかかわらず舗装はされていないし巨大な水溜りがいくつもあってRV車にもってこいといった感の道だ。ゆっくりゆっくりと起伏を回避して進み、車はとある窯元の駐車場へと止まった。このたいそう立派なビルは明らかに外貨獲得のためにつくられたものだ。1・2階が販売フロア−になっており、3回以上が工房になっている。まずは工房を見学する。
そこでは、型押し、ろくろによる形成、絵付け、釉薬掛け等が手作業で行われていた。スタッフはもちろん村民だ。おそらく子供の頃から従事しているのだろう。なれた手つきで次々と作業をこなしていた。
その後下の階に降り一通り商品を見る。値札は無いが聞いてみると結構な値段だ。けれども、ハンザ市場で見たものよりかなりセンスの良いものがある。しかもさすが本場だけあって、日本の雑貨屋やネット販売ではお目にかかれない色や形のものが目白押しだ。けれども、ここで衝動買いをするのもナンセンスである。他のショップの商品を見るため一旦外に出た。

村自体そんなには大きくない。往復1kmと言ったところだろうか。奥へ行っても相変わらずな道が続いていた。最近では旧来の窯を使用するところが少なくなっているとは聞いていたが、古い窯はほとんど廃墟のような状態になっていた。途中数件の店に立ち寄ったが、旧来のバチャン焼がほとんどで最初に行った店においてあるようなものは無かったし、値段も横並びだったため、結局戻って買い物をすることにした。
やきものは何時間見ても見飽きないものだ。この皿にはどんな料理が似合うのだろうかとイマジネーションを働かせながら、「これも、これも」と次々に買っていった。最終的に数10キロの重さになったため、日本へ送ってもらうことにした。このことがあとで大きなトラブルを招く。
ショップでは25日で届くと言われ送料と梱包手数料で計$200払う。ところが30日以上過ぎても一向にこない。さすがに不安になり中1レベルの英語を駆使してメールを送った。けれどもまったく反応が無い。どうやらメールは見ていないようだ。そこで、同じ文章をFAXした。するとベトナムの運送会社からレスポンスがあった。商品は運送中で早ければ来週の頭には日本へ届くだろうとのことだった。そして、運送会社の弁どおり、9月4日に日本の代理店から荷物が届いたと連絡があった。ようやく荷物が受け取れると思ったのも束の間、ショップのほうがでたらめな住所を書いていて行き先が「巣鴨」になっていた。「おばあちゃんの原宿じゃん」と思ったが、広島からは程遠く税関へ行くことはできない。もう一度ショップへ連絡を取り、広島までの郵送費はそちらで出せと要求した。翌々日の9月6日に受諾のFAXが届いたため、手続きを開始した。
手続き中も何かとすったもんだがあり、結局商品購入後、約2ヶ月以上たった9月27日に、ようやく商品を受け取った。しかも混載だが一般貨物だったため木枠で配達された。ちなみにサイズは1m×50cm。
なんてこったまったく。 |