私の好きなビール−嶌田

私がビールに関心を持ちはじめたのは、今から10年ほど前にここ盛岡での事。学生時代にアルバイトをしたお店の影響でカクテルからハードリカーにはまった私は、社会人になって会社の先輩や盛岡のお店によってワインへの関心を深めはじめていた。その頃、盛岡に一軒のお店ができた。ベルギービールを中心としたビールの品揃えの多いお店で、その頃よく通っていたお店のオーナーに連れて行かれた。

いいかげんワインを飲んだ後だったので、アルコールを飲むにはきつい状況だったが、お酒への飽くなき関心を持っていた私にはどんなビールが出てくるのか興味があった。

常連のようにそのお店に入ったオーナーは、「とりあえず、アレキサンダーを3本ください。」と言った。

「アレキサンダー?あれ?ビールを飲みに来たんじゃないの?」

私は不思議に思いながらも、出てくるお酒を待った。その当時の私には、アレキサンダーといえばブランデーとカカオリキュールと生クリームから作るショートカクテルしか思い浮かばなかったのだ。

やがて出てきたお酒は、私の予想を見事にはずした白い紙に1本づつ包まれた小瓶のビールだった。アレキサンダーとはベルギーのローデンバッハ社が作るレッドビールと呼ばれる部類のビールで、熟成したベルギービールにさくらんぼの果汁が入っている。そんな事を知ったのは飲んだ後だったが。

私はそのビールを飲んだ時の驚きを今でも忘れない。世の中にはこんなビールもあるのか!ビールとは思えない酸味、複雑さ、そして飲み込んだ後の余韻・・・以来、ベルギービールにもはまって、ランビックからトラピスト、ホワイトビールと様々なベルギービールを飲んだ。そして、エール、スタウトとビールの世界の広さに触れるたびにその関心を深めていった。

私にとって一番好きなビールといえば、ビールへの関心を深めるきっかけにもなったこのローデンバッハ・アレキサンダーである。アレキサンダーとはローデンバッハ社の前身の小さな醸造所に共同出資した四人兄弟の一人の名前である。彼の生誕200年、醸造所開設150周年を記念して発売されたビールだったが、1986年にローデンバッハを買収したベルギーの大手ビール会社PALM社によって2000年に製造を中止されてしまった。

理由は、クリークは100%ランビックから造らなくてはならず、アレキサンダーはランビックではない。というものだった。ランビックとはベルギービールを象徴する野生酵母により自然に発酵され長期間樽で熟成されるビールで、これにさくらんぼを漬け込んだものをクリークという。しかし、私を含めアレキサンダーをクリークと思って飲んでいた人はいないのではないだろうか。

PALM社は他にランビックを作る「BOON」という銘柄も持っていて、このブーンのクリークとのバッティングを避けるための処置ではなかったか。返す返すも残念である。

今度、盛岡でビールを楽しむ会を作ろうと思っている。毎月、世界中の(日本も含めて)様々なビールを飲んで、ビールの世界への関心を深めてもらうとともに、多くの事を語り合えたらと思っている。その第一回目のテーマに、私のわがままでアレキサンダーを取り上げてもらった。これから始まる会の最初に、これから無くなるビールを偲ぶのも一興かと思った。もうないと思っていたアレキサンダーも日本中探し回って何とか用意できた。

最後のアレキサンダーを飲むのが、寂しくもあり、楽しみでもある。

(写真:アレキサンダーのボトル。描かれているのがアレキサンダーその人、彼は盲人であった。)