悲しみ、考え、そして苦しむのは多くの愛情を注がれた方ほどそうではないでしょうか。
いくら主治医と理解納得して対応されて来たとしても、 悲しみや苦しみはその理解をもしのぐものだと私は思っています。 そしてその悲しみや苦しみの気持ちが強くある時ほど、心は揺れ動いているものではないでしょうか。 そんな時にかけられる言葉がその方の、しいては生涯を閉じたお子様の 安らかな眠りを妨げる事になる場合があるのではないでしょうか。 言葉をおかけになられた方も決して悪気は無いとは思いますし、 本当に親御さんのお気持ちを察したにせよ、 その一言が後々親御さんを苦悩させる事までお考えになられた言葉なのでしょうか。 「かわいそうに、お寂しい事でしょう。」 これならまだ良いでしょうが、 「どうされたのですか?ご病気だったんですか?」 こうなると親御さんは思いだす事に苦痛を感じるかもしれません。 「知っている方はその病気でどこどこの獣医さんに診てもらって元気になられたみたいですよ。 どこどこの獣医さんに一度診てもらえば宜しかったのに。」 ここまでいくととんでもない苦痛や苦しみを親御さんが味わう事になるのではないでしょうか。 何気なく言った言葉が親御さんや生涯を閉じたお子さんを悲しませる、極めて大きな過失にあたる様な気がします。 もちろん我々獣医師も同じだと思っています。 |
「以前に飼っていた犬が・・・・・猫が・・・・・」 親御さんがそうおっしゃられる事はよくあることですが、 同じ疾患であっても、同じ犬種、猫種であっても、若くても、高齢であっても、 違った治療法があっても、獣医自身がそれは違うと思っても、 獣医自身がそれはこうして・・・と思っても、 その様に思う事すら間違っているように思います。 ましてや口に出す事は罪にすら値するのではないでしょうか。 なぜなら、 そのお子さんは生涯を閉じておられ、計り知る事も出来ないでしょうし、 その子その子それぞれの体質があったでしょう、他疾患や持病もあったでしょう。 それぞれ違った経過もあったでしょう。 親御さんと主治医さんとの結びつきがあり、言えば他人である我々が分かりもしない事を言えるはずがない様な気がします。 我々獣医師が言える事はただ一つ、 「本当に頑張って頂きましたね、幸せなお子さんでしたね。 お子さんも喜んでいらっしゃいますよ、あなた方のお子さんになってきっと良かったと思っていますよ。」 事実そうだと思います。 この様な親御さんは、心が揺らぎ、ご自身がなさって来られた事が間違いなかったと確認されたいのだと私は思っています。 起きてしまった事を批判したり、架空の診断や治療は容易なことだと思います。 その様なことの一言で、親御さんが苦しみを感じられ、 特に獣医師としては、生涯を閉じられたお子様を悲しませる事はあってはいけない事ではないでしょうか。 我々獣医師は、少しでも親御さんがその様なお気持ちを抱く事の無い様、 日々の診療での一言一言に重きを置くべきだと思っています。 また親御さんも少しでもその様なお気持ちにならなくて済むよう様、主治医さんを見つめて頂きたく思います。 --人間は考える葦である(パスカル) 「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で運命に抵抗し、 不屈の意志で思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」 という意味だそうです。 しかし考え思索する事で、悲しみや辛さを生み出すことにもなるのではないでしょうか。 人を幸せに出来るのも[言葉]。 人を騙し不幸にする事が出来るのも[言葉]。 気を付けたいものです。 ここ最近のコラムにおいては、硬い話しが多く、 皆様には面白くないとお感じになられた事もあったかと思いますが、御考慮ください。 来る2014年は、個々の疾患を中心に教科書にとらわれない、 全く違った視点から面白おかしくお話しさせて頂きたいと思っています。 たまには今回の様なのも織り交ぜて・・・。 寒さ厳しくなる季節、 お子様におかれましては、 温度差には十分お気を付け下さり、 良き新年をお迎え下さいます様、心から望んでいます。 この一年間お付き合い下さった事を、感謝致します。 本当に有難うございました。 来年も引き続き宜しくお願い致します。 |