Rakuten新春カンファレンス2019

同じ悩みや目標を持つ楽天市場出店者同士の出会いを通じ、店舗運営に役立つ学びを得る「楽天新春カンファレンス2019」。メイン会場の最初の登壇者は、ネスレ日本株式会社・代表取締役社長兼CEOである高岡浩三(たかおか・こうぞう)氏。超高齢化かつ人口減少社会という食品企業にとって大逆風の日本にあって、その業績を伸ばし続けてきたマーケターは、いかにして「ジャパン・ミラクル」と呼ばれる劇的な成長を成し遂げてきたのでしょうか? そのマーケティング哲学に迫ります。

高岡 浩三 氏
1983年、神戸大学経営学部卒。同年、ネスレ日本株式会社入社。各種ブランドマネジャー等を経て、ネスレコンフェクショナリー株式会社マーケティング本部長として「キットカット受験生応援キャンペーン」を成功させる。2005年、ネスレコンフェクショナリー株式会社代表取締役社長に就任。2010年、ネスレ日本株式会社代表取締役副社長飲料事業本部長として新しい「ネスカフェ」のビジネスモデルを構築。同年11月ネスレ日本株式会社代表取締役社長兼CEOに就任。「ネスカフェ アンバサダー」などの新しいビジネスモデルの構築を通じて高利益率を実現する一方、人事や営業などの管理部門も含め、あらゆる部門に「マーケティング」を採り入れ、グローバルに通用する成熟先進国ビジネスモデルの構築に力を注ぐ。
2014年、「ネスカフェ アンバサダー」が日本マーケティング協会による第 6 回日本マーケティング大賞を受賞。同年、The Internationalist による Internationalist(世界で最も顕著な活躍を見せたマーケティングリーダー37名の一人)に選出。

著書はこちら(楽天ブックス)

経営はマネジメントからマーケティングへ

皆さま、こんにちは。このような大きなカンファレンスにお招きいただき、大変光栄に感じております。個人的にも楽天さんのファンでして、個人的にも大変お世話になっていると同時に、私たちネスレ日本も、楽天さま 並びに 楽天出店店舗さまにも大変お世話になっております。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

私たちネスレは、規模は大きいものの旧態依然とした食品企業でありますし、ECといった先端の取り組みも進んでおりません。私自身も来年還暦を迎える身でありますし、今日この場で皆さまのお役に立つお話ができるか多少の不安がございますが、この10年、ネスレ日本のCEOとして、世界各国のネスレに先駆けて手がけてきたデジタルトランスフォーメーションの経験について、そして、そこから生まれてくるマーケティングに根ざした21世紀の経営像について、私の考えを皆さまとシェアさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします。

タイトルにもあります「マネジメントからマーケティングへ」ということについてお話しましょう。19世紀当時、「いかに人を管理するか」という考え方の下で、経営学が産声を上げました。「人を管理(manage)する」という意味で「経営(management)」という言葉が生まれたわけです。しかしながら、21世紀の現在となっては、「人を管理する」という要素は経営の一部としては残っているものの、「いかに付加価値を創造し、社員を含めたステークホルダーに還元するか」という側面が強調されるようになっています。そこから考えても、近い将来、「マーケティング(marketing)」という言葉が「マネジメント(management)」に取って代わって、「経営」を意味するようになっても不思議はないと考えています。現在、私が経営を行うにあたっては「マーケティングをする」という言葉を、意識的に社内で使うようにしています。今日は、このような考えに至った背景から、お話させていただきます。

150年の歴史、30万人以上の従業員、1日の販売製品数は10億個以上

言うに及ばず、日本は大変厳しい状況に置かれています。新興国を中心に世界の人口は増加し続けているにも関わらず、日本では毎年30万人以上も減少しています。ちょっとしたサイズの都市が、毎年消え続けているわけです。しかも世界一の超高齢化社会です。私たち食品会社から見れば、胃袋の総数が減り、そのサイズも小さくなっていくということになります。ネスレグループは世界約190カ国でビジネスを行っていますが、その中でも日本は厳しい状況に置かれているということは、20年以上前からわかっていったことで、今に始まったことではありません。

日本経済は1991年にバブルが弾けて以降、未だに「失われた25年」と言われるとおり、低成長が続いています。しかも極端なデフレ(Deflation)*1にあります。アベノミクスが生まれた当時、日本銀行が未曾有の金融緩和を行い、数年後の2%のインフレ(Inflation)*2を確約しました。しかしながら、私は当時から「そんなことは絶対にあり得ない」と確信していました。その理由は後ほど説明させていただきます。

改めましてネスレについてご紹介します。私自身、大学を卒業してネスレ日本に入社して以来、すでに35年以上が過ぎました。それでも、ネスレグループ全体の規模感を実感できているわけではありません。150年以上の歴史、30万人以上の従業員を持ちますが、その最初はアンリ・ネスレ(Henri Nestlé)*3という人物が、現在の粉ミルクにあたる製品を開発したところから創業しています。そのため、海外では「ネスレ=粉ミルクの会社」として認知されているケースも多く見受けられます。様々な理由がありますが、粉ミルクを展開して来なかったという意味で、日本は特殊なマーケットと言うことができます。1日に販売されるネスレ製品は全世界で10億個を超えますが、これについても私は全くもって想像がつかほどの規模です。

*1 デフレ(Deflation) | 物価が持続的に下落する経済現象。総需要が総供給を下回ることが主な原因とされる。デフレについて、日本では旧経済企画庁(内閣府)が「物価の下落を伴った景気の低迷」と定義していたが、2001年3月より「持続的に物価が下落している状態」と変更した。対義語はインフレ(ーション)。

*2 インフレ(Inflation) | モノやサービスの全体の価格レベル、すなわち物価が、ある期間において持続的に上昇を続ける経済現象。総需要が総供給を上回った場合に、物価の上昇によって需給が調整されることで発生する。対義語はデフレ(ーション)。

*3 アンリ・ネスレ(Henri Nestlé) | ネスレ創業者。1814年8月10日、ドイツのフランクフルト・アム・マインに生まれる。薬剤師としての修行中、フランス語圏の文化に馴染むため、出生時のドイツ語式の名前である Heinrich Nestle からフランス語式に改名。1840年代には、セイヨウアブラナやナッツオイル、リキュール、ラム、アブサンの製造などに関与。1867年、スイス・ヴェヴェーにて、乳幼児の高い死亡率を改善するため、 牛乳・小麦粉・砂糖を混ぜた乳幼児乳製品の製造を開始した。この頃に使用し始めた鳥の巣のマークは、現在もネスレのコーポレートロゴとなっている。1890年、スイス・グリオン村にて逝去。

スイス本社からも讃えられた「ジャパン・ミラクル」の実現

では、ネスレ日本を見てみましょう。外資系企業のため、売上・利益ともに公表していませんが、決して順風満帆であったわけではありません。「ネスカフェ」や「キットカット」などは、皆さんも良くご存知だと思いますが、レストランでよく見られる「ペリエ」やイタリアンレストランに置いてある「サンペレグリノ」、硬度の高いミネラルウォーターである「コントレックス」なども、実は全て私たちネスレの製品です。このように、色々なカテゴリーでトップシェアも持っており、ネスレ日本もコーヒーとチョコレートだけの会社ではないわけです。

遡りますと、ネスレ日本は1990年以降、売り上げは右肩下がりが続いていました。私は「キットカット」を20年以上担当しましたが、おかげさまでこのブランドは右肩上がりの成長を続けました。一方で、「ネスカフェ」の状況が厳しく、そのためにネスレ日本全体の収益も若干のマイナスとなるという年が続いていたわけです。ところが、2011年になり、突如として状況が好転します。純粋な売上で3%以上、利益で15%以上の成長を見せ、スイスのネスレ本社から「ジャパン・ミラクル」として賞賛を受けているわけです。

2011年以降の指標の一例を見てみましょう。「売上高人件費比率」は大きく下がりました。2011年当時、約3,000人いた従業員は現在約2,500人となっており、この8~9年で500人減少しています。スーパーマーケットなどを訪問するセールスの人数は、630人から320人とほぼ半減しました。500人はすべて自然減です。この8~9年間で団塊世代の方々が卒業され、その補充を抑えた結果です。その結果、売上高に占める人件費の割合が減少したわけです。2011年当時、ネスレ日本の「売上高人件費比率」は先進国のネスレの中で最も高く、最悪の状態でしたが、現在では先進国の中で最も低くなっており、劇的な変化を遂げたのです。

新興国依存型成長モデルでは限界が見えている

このように、ネスレ日本は非常に苦しい時代を乗り越えて、いまここに至っておりますが、翻ってネスレグループはどうなっているでしょうか。ネスレ日本が冬の時代、ネスレグループは非常に好調でした。BRICs(ブリックス)*4をはじめとした新興国の業績が、全世界の成長を牽引していたからです。ブラジル、ロシア、インド、中国といった国々が、猛烈な勢いで経済成長していた時代が、ついこの間までありました。日本を含めた先進国は大きな成長率は望めなかったものの、新興国がふた桁前後の大きな成長を見せていたため、ネスレは全世界で5%を超える成長を達成できていたわけです。それによって、ネスレはAAA(トリプルA)という非常に高い格付けをいただいていたのです。

ところが、2012年から2013年にかけて資源価格下落が起きると、BRICsを中心とした新興国の経済成長が一斉にスローダウンしました。それによってネスレの成長も停滞することとなりました。これはネスレだけの問題ではなく、他の大手食品企業も状況は全く同じでした。私はネスレグループを長年見てきましたが、ネスレグループと日本経済は構造的に良く似ていると感じています。日本の「失われた25年」の原因はどこにあるのか。

日本はバブルを迎えるまでの60年代・70年代・80年代までは間違いなく新興国でありました。安い人件費で真面目によく働いていたため、どの欧米諸国よりも、低コストで品質の高い製品を作ることができていたわけです。高度経済成長期というのは「新興国モデル」なのです。ネスレは新興国モデルで成長を続けてきましたが、その新興国の経済成長が止まると、全体の成長も止まってしまう。先進国を見てみると、新興国以上に成長が難しい。

*4 BRICs(ブリックス) | 2003年当時の有力新興国であったブラジル(Brazil)、ロシア(Russia)、インド(India)、中国(China)の頭文字を取って作られた言葉。米・証券会社ゴールドマン・サックスが投資家向けレポートの中で頻繁に使用したことで一般にも認知された。資源価格下落などの影響を受け、2000年代前半の勢いはやや失速したものの、2030年までに中国がアメリカを抜きGDP世界第1位に躍り出るという予測もなされている。

日本発信で21世紀型モデルを創り出す

私がネスレ日本の社長になったのは、そうした時代でした。ネスレ日本、そして社長である私に課せられた役割というのは、「新しいモデルを創り出す」ことにありました。人口が減少し、高齢化が進み、経済的に衰退する国にあって、いかに売上と利益を伸ばすか。この新しいモデルを構築できれば、移民政策によって人口減少を食い止めてきた欧州先進諸国にとっても福音となります。欧州の移民政策は限界を迎えており、経済は停滞していますから。

私はネスレ日本の社長に就任する際、「欧米諸国は必ず日本のようになっていくでしょう。だから、日本で新しいモデルを創ります」と宣言しました。その時に私が必要だと言ったのは、「新しいマーケティングとイノベーション」でした。21世紀に入ってすでに10年が経っていましたが、ここでいうマーケティングとは21世紀のマーケティングであって20世紀のマーケティングではありません。当時、スイス本社は私がどこまでできるか半信半疑だったと思いますが、その疑念を見事に裏切って、「ジャパン・ミラクル」と言われるまでに利益ある成長を成し遂げたわけです。

つまり、ネスレ日本の役割は、「高齢化と人口減少により縮小しつつある先進国市場において、持続的な利益成長モデルを確立すること」にあります。もちろん、これはボリュームを追う(=販売数量で売上高を伸ばす)ことではありません。このデフレ状況下において、いかにして製品価格を上げるか、いかにしてプレミアム化するか、無駄なコストを削減するか、ということです。そのためには「イノベーション」が必要になってくるわけです。

「イノベーション」と「リノベーション」の違いとは?

すると、次にこの疑問が出てきます。「21世紀の新しいマーケティングとは何か?」「イノベーションとは何か?」ということです。社内では「イノベーション&リノベーション」ということを毎日のように口にしています。これがなければ、どこの国でも何も始まりません。どの国も競争が激しいですから。ところが、ネスレ日本の社内でも、「イノベーション」と「リノベーション」の違いを説明できる人間がほとんどいません。ということは、この問いを皆さんに投げかけても、日本のメディアに投げかけても、理解されないのではないかと思いました。日本のメディアは、未だに「イノベーション=技術革新」と書いていますが、本当にそうでしょうか? スティーブ・ジョブス(Steven Paul "Steve" Jobs)*5がやったことは「イノベーション」として余りにも有名ですが、彼がやったことは「技術革新」なのでしょうか?

こうした疑問から、「マーケティングとは何か?」「イノベーションとリノベーションの違いとは何か?」ということを、自分の中で整理していったわけです。こうした整理は世界のどこにもありません。自分で整理しなければ、自分がやろうとしていることもわかりませんし、ましてや従業員に伝えることもできません。そして、私は誰にでも理解できる言葉として、「マーケティング」とは「顧客の問題解決による市場の付加価値創造活動」と定義しました。この付加価値を創る活動すべてをマーケティングと呼ぶことにしたのです。これは会社のコマーシャル部門だけでなく、間接部門についても同様です。例えば人事部門であれば、顧客は従業員になります。その顧客の問題を紐解いて解決する。このプロセスがマーケティングということです。つまりは経営そのものですね。

次に「イノベーションとは何か?」ということです。ここでは「問題」が非常に重要です。私は、問題には2種類あると考えています。一つは「顧客自身が気付いている問題」。もう一つは「顧客自身が気付いていない あるいは 気付いているが解決できないから諦めている問題」です。そして、この2つ目の「顧客自身が気付いていない あるいは 気付いているが解決できないから諦めている問題」を、こちら側が読み解いて解決策を提示するものだけが「イノベーション」であると、私は考えています。滅多にできることではありません。ということは、「イノベーション」は市場調査からは生まれないということになります。20世紀においては、市場調査を行い、顧客の問題を把握することで、その解決策を提示することが「イノベーション」だと思われてきました。私は「絶対にそうではない」と考えています。市場調査から導かれた問題を解決するのは、私たちの社内用語でいうところの「リノベーション」です。このように定義したわけです。

*5 スティーブ・ジョブス(Steven Paul "Steve" Jobs) | アップルコンピュータ(Apple Computer)社の共同創設者。1955年2月24日、米・カリフォルニア州ロス・アルトス生まれ。ゼロックス(Xerox)社のパロアルト研究所(PARC)を見学した際に、試験的なハードウェア「ALTO」のグラフィカルユーザインターフェース(GUI)やマウスなどに出会い、これが後の「マッキントッシュ(Macintosh)」の開発につながった。一度、アップルを離れるも、業績不振に陥った同社の暫定CEOに復帰。M&A、iMacの発売、Microsoftとの資本連携などによりApple社の業績を回復させた。暫定CEOに就任して以来、CEOそれ自体への給与は毎年1ドルしか受け取っていないことでも有名となり、「世界で最も給与の安いCEO」とも呼ばれた。2000年代に入ると、「iPod」「iTunes」「iPhone」「iPad」といった製品や「ポッドキャスティング」「マルチタッチ」などを世に送り出し、世界中の人々のライフスタイルを変えるほどの影響をもたらした。米国を代表する企業家の一人に数え上げられ、アメリカ国家技術賞を受賞している。2011年10月5日逝去。

「真のイノベーション」は極めて珍しい

では、この「イノベーション」と「リノベーション」の違いについて、事例を挙げて説明しましょう。いま、この会場のなかで暑いと感じる方はいらっしゃいますか? 大丈夫でしょうか? 部屋の中が暑いと言う問題は、太古の昔から存在していました。この問題を解決した「イノベーション」というのは、一体いくつあるとお考えでしょうか? 私の考えでは3つしかありません。1つ目は、扇子や団扇などの「仰いで涼を取るもの」です。大きな木の葉を使って仰いでいた時代が、電気が発明される前までの数万年間続きました。国や地域によって形は違えど、「部屋が暑い」という問題に対する解決策は、基本的にその一つしかありませんでした。1882年、トーマス・エジソン(Thomas Alva Edison)*6がニューヨークに初めての発電所を作り、そこから電気が普及しました。そして第二次産業革命*7を経て、電気で動く「扇風機」が発明されました。手で仰いでいた団扇を電気の力で自動的に回すことで、風を送る。これが2つ目の「イノベーション」です。それから数十年を経て、空気中の湿度が問題だということに気付いた人が発明したのが、現在でも主流となっている「エアーコンディショナー」です。これが3つ目の「イノベーション」になります。

そして「扇風機」も「エアーコンディショナー」も、未だに「リノベーション」が続いていますよね。扇風機が発明される前に市場調査を行ったとしても、「扇風機を作ってくれ」と言った人は誰もいなかったでしょう。当然、「空気中の湿気が問題だから、これを取り除いてくれ」と言った人もいなかったでしょう。しかし、初めての扇風機ができてからは、「一種類しかないボタンを増やしてくれ」「付けっ放しで寝たら風邪を引いたから、夜中に自動的に切れるタイマーを付けてくれ」といった要望が生まれ、「リノベーション」が進んだわけです。

テレビは「イノベーション」ですね。当時、動画を見たいと思ったら映画館に行く以外の選択肢はありませんでした。そんな時代に、家にいながら誰もが動画を見ることができる製品が開発されたわけです。しかも無料です。それがテレビでした。大革命と言っていいでしょう。そのテレビが登場すると、我々の中には「肉眼と同じクオリティで映像を見たい」という欲求が生まれます。そこからモノクロがカラーに変わり、ディスプレイが液晶になり、現在では4Kや8Kと言った高いクオリティのテレビが生まれていくわけです。これらは全て「リノベーション」です。

*6 第二次産業革命 | 産業革命の第二段階を表現するために歴史家によって用いられる用語。通常、1865年から1890年を指す。英国で始まった産業革命が進展し、ドイツやフランス、そしてアメリカの工業力が著しい発展を見せた。鉄道や蒸気船の発達とともに、特にアメリカにおいて、トーマス・エジソン(Thomas Alva Edison)やニコラ・テスラ(Nikola Tesla)、ジョージ・ウェスティングハウス・ジュニア(George Westinghouse Jr.)らにより、電気の利用が急速に進んだ。

*7 トーマス・エジソン(Thomas Alva Edison) | 今日の電化社会の基礎を作り上げた発明家・起業家。1847年、米・オハイオ州マイランに生まれたエジソンは、その旺盛な好奇心のため、正規の学校教育に馴染むことができず、わずか3ヶ月で小学校を退学し自宅学習を選択。母ナンシー・エリオットから手解きを受け、特に化学に興味を示し、後の基礎を固めた。株式相場表示機の特許を高値で売却したことから、発明家として本格的に活動を開始。1877年にメンロパーク研究所を設立し、電話・蓄音器(録音・再生装置)・電気鉄道・鉱石分離装置・電灯照明などの商品化に成功した。一方で、自身が設立したエジソン・ゼネラル・エレクトリック・カンパニーの社長の座を追われ、社名からもその名を消されるという憂き目にも合っている。数々の発明品は言うに及ばず、エジソンの最大の発明は「高等教育を受けていなくても、誰もが発明家になることができる」と言う新しい価値観だったと言えよう。

「イノベーション」は、顧客の問題を解決し、それまでの枠組みを壊すもの

顧客の問題を知ることによって、「大きなイノベーション」と「小さなリノベーション」の違いがご理解いただけたかと思います。1997年、ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン(Clayton M. Christensen)*8教授が著した世界的ベストセラーである『イノベーターのジレンマ(The Innovator’s Dilemma)』*9の中で同じようなことが書かれています。クリステンセン教授は「イノベーションには2つある」と書いています。それは「破壊的イノベーション(Disruptive Innovation)」と「持続的イノベーション(Sustainable Innovation)」です。ここで言う「破壊的イノベーション」が、私の考える「真のイノベーション」に該当します。そして、「破壊的イノベーション」のあとに「持続的イノベーション」が断続的に発生すると書いています。これが、私の考える「リノベーション」と符合します。扇風機やエアコン、テレビで起きていることと同じですね。このように理解していただいたら良いかと思います。

私は、産業革命と「イノベーション」には非常に密接な関係があると考えています。自分のこの仮説を証明したいと思い、マーケティングの世界的権威であるフィリップ・コトラー(Philip Kotler)*10氏と意見を交換しましたが、彼はこの考えについて非常に納得してくれました。アカデミックな世界のトップからお墨付きをいただき、結果的には『マーケティングのすゝめ』(中公新書ラクレ, 2016年)という共著を出版するまでに至ったのです。

*8 クレイトン・クリステンセン(Clayton M. Christensen) | ハーバード・ビジネス・スクール教授。1997年に発表した自身初の著作『Innovator’s Dilemma(イノベーターのジレンマ)』によって破壊的イノベーション(disruptive innovation)」の理論を構築したことで、企業におけるイノベーションに関する研究の第一人者として認識されるに至った。2000年にはイノベーションに特化した経営コンサルティングファーム「イノサイト」を設立、イノベーションと企業の成長に関する研究を実際の企業経営に還元している。最も影響力のある経営思想家トップ50を隔年で選出する「THINKERS50」にて、2011年および2013年にトップに選ばれた。
Thinkers50 https://thinkers50.com/t50-ranking/

*9 『イノベーターのジレンマ(The Innovator’s Dilemma)』 | ハーバード・ビジネス・スクールの教授であるクレイトン・クリステンセン(Clayton M. Christensen)が著した著書。新興企業の前に巨大企業が競争力を失う理由を説明した理論がまとめられている。巨大企業は既存商品が競争力を持つため、その改良プロセス(持続的イノベーション)が社内で確立している。そのため、規模が小さく映る新興市場への参入が遅れがちとなり、新興企業が持ち込む全く新しい価値(破壊的イノベーション)によって新興市場を支配されてしまうという事象が生じる。

*10 フィリップ・コトラー(Philip Kotler) | マーケティングの世界的権威として知られるノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院 教授。IBM、GE、AT&T、ハネウェル、バンク・オブ・アメリカ、メルク、スカンジナビア航空、ミシュランなど、アメリカ および グローバル企業でマーケティング戦略やプランニング、マーケティング組織、国際マーケティングのコンサルティング活動を行っている。主な著作に、『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント』(フィリップ・コトラー / ケビン・レーン・ケラー 共著, 恩藏直人監修, ピアソン・エデュケーション)、『マーケティング原理:基礎理論から実践戦略まで』(フィリップ・コトラー / ゲイリー・アームストロング 共著, 和田充夫監訳, ダイヤモンド社)、『コトラーのマーケティング入門』 (フィリップ・コトラー / ゲイリー・アームストロング著, 恩藏直人監修, ピアソン・エデュケーション)など。