Rakuten 新春 カンファレンス 2017

医師にして、世界トップクラスのスーパーコンピュータ(スパコン)開発者でもある、株式会社PEZY Computing代表取締役の齊藤 元章 氏。楽天市場出店者をはじめECに携わるビジネスパーソンが多数集まる「楽天 新春カンファレンス 2017」のトップを飾る基調講演で、スパコンと人工知能の進化、そして私たちの日常を大きく変える「プレ・シンギュラリティ」についてお話いただきました。

そこで語られる近未来、ほんの10数年後の世界は、まるでSF映画のストーリーを聞いているかのよう。しかし齊藤氏は、これらがすべて「現実に起きること」であると断言します。

PROFILE
研究開発系シリアルアントレプレナー
新潟大学医学部卒業(医師)、東京大学大学院医学系研究科卒業(医学博士)
東京大学医学部付属病院放射線科の研修医期間修了後、大学院入学と同時に医療系法人を設立して研究開発を開始。3年後の1997年には米国シリコンバレーに医療系システム及び次世代診断装置開発法人を創業。社員350名を登用して世界の大病院に8千超のシステムを納入。2003年にはインテルのアンドリュー・グローブ会長推薦で、日本人初のComputer World Honors(米国コンピュータ業界栄誉賞)を医療部門で受賞東日本震災を機に、海外での研究開発と事業経験を日本の復興に活かすために拠点を日本に戻し、医療分野に限定せず自然科学と産業全般の研究開発に方針を転換。
これまで研究開発系ベンチャー企業10社を創業し、累計売上額は1,000億円を超える。自ら発明して出願した特許は70件を数え、現在は次世代スーパーコンピュータ技術を開発する株式会社PEZY Computing代表取締役社長、同株式会社ExaScaler創業者・代表取締役会長、同UltraMemory株式会社創業者・会長を務める。
僅か7ヶ月間で開発した独自技術による小規模スーパーコンピュータが2014年11月のGreen500で世界第2位に、4ヶ月間で開発した第2世代機で2015年7月には世界第1位から第3位を独占。2015年11月期、2016年6月期と史上初のGreen500三連覇を達成現在、京速計算機「京」の100倍の性能となる次世代スーパーコンピュータ開発に加え、人類史上最大の研究開発となる汎用人工知能の実現に向けて、スカンクワークス型の開発チーム複数を組成して率いる。
また、内閣府 経済財政諮問会議2030年展望と改革タスクフォース委員メンバーとしても活動中。
著書:「エクサスケールの衝撃~次世代スーパーコンピュータが壮大な新世界の扉を開く~」「プレ・シンギュラリティ」
著書はこちら(楽天ブックス)

身近な生活の話題の中でも取り上げられる「シンギュラリティ」

今日は基調講演として、「プレ・シンギュラリティ ~お金のない世界に向けた購買行動の変化と未来」というテーマでお話をさせていただきます。

昨年はいろいろなことが起こりましたが、我々が関係している人工知能の分野でも、2016年3月に大きなニュースがありました。グーグルの「AlphaGo(アルファ・ゴー)」という人工知能が、世界ランク第二位の囲碁のプロ棋士を負かしてしまったという事件です。3月の段階では4勝1敗でしたが、その後この「AlphaGo」はどんどん自己進化して性能を上げ、最近ではプロ棋士と対戦して60連勝と、地球上の誰もが敵わないような進化を遂げています。

そんな形で、世の中がいよいよ大きく変わり始めています。これから、16ページにおよぶある雑誌の新年1月号の特集記事をご覧いただきたいのですが、これが何の雑誌か、ぜひ皆さん当ててみてください。

見開き最初の2ページには「2017年、人工知能は人類の新しい夢を見るか」という内容が書かれています。人工知能、そしてこの後しっかりお話させていただきますが、「シンギュラリティ」についても詳しく書かれています。こんなページもあります。「人工知能があぶり出す人間らしさとは」。黒の背景でいかにもサイバーな雰囲気が漂っています。

普通に考えれば、これは科学技術系の雑誌かな? SFの特集かな? と思いますね。でも目次を見てみるとこんな感じです。上品な白と赤と黒の厳かな雰囲気になり、「おせちの学校」とかも書いてある。この中に「2017年、人工知能は人類の新しい夢を見るか」という特集記事があるんですが、この雑誌は何と『婦人画報』の新年1月号。日本のお正月百景や皇室の話題に混じって、16ページもの人工知能やシンギュラリティに関する特集が組まれるようになりました。

『婦人画報』の創刊は今から112年前の1905年。日本とロシアが日露戦争で日本海海戦を戦っていた時代に生まれた、日本最古の女性誌です。そういった雑誌でもこの手の話題がしっかり取り上げられる、そんな時代になったということですね。

前置きが少し長くなりましたが、自己紹介をしたいと思います。私の主な仕事は、次世代のスパコンを開発するというものです。加えて、1年ほど前から次世代の人工知能エンジンも開発しています。今日は少し医療・生命科学のお話もさせていただくのですが、これは門外漢が語るわけではなく、4年間だけですが、私は医者をやっていた時期もありました。専門家の見地から、お伝えしたいと思います。

そして特異点を意味する「シンギュラリティ」。私はこの信者というのでしょうか、あるいは論者として「シンギュラリタリアン」と呼ばれたりもします。この特異点という考えに基づいたときに、その手前で、我々からすると近い時間軸のところで、すごく大きなもう一つの変革点がやってきます。これを「プレ・シンギュラリティ」、つまり「前特異点」や「社会的特異点」と位置づけ、提唱・啓発する活動を行っている人間です。

2030年には、1台の機械が人類すべての知性を超える?

一冊の書籍をご紹介します。10年前にアメリカで発刊された『The Singularity Is Near』(邦題:『特異点は近い』)という本です。あと数年で間違いなく、歴史的な名著と認識されるようになると思います。これを書いたのがレイモンド・カーツワイル先生。アメリカの歴代大統領の科学技術顧問を3代続けて務め、自身は発明学者・未来学者として活躍し、そして現在はグーグルの人工知能開発のトップを務めています。

昨年5回目の来日を果たされて、私は幸運なことに食事をご一緒させていただき、いろいろな意見交換をさせていただきました。

さて、これまで何度かシンギュラリティという言葉を使ってきました。シンギュラリティ、特異点とは一体何なのでしょうか。説明したいと思います。

レイモンド・カーツワイル先生の定義によれば、1台のコンピュータ、あるいは人工知能、あるいはコンピュータとか人工知能の形をしていないかもしれませんが、我々生命体が持つ知能ではなく機械的な知性・知能、これが地球上の全人類の知能の総和を上回っていくという状況をシンギュラリティと呼んでいます。今、地球上には73億人の人間がいます。その頭脳を全部合わせた知性よりも1台の、たった1台の機械的性能が上回っていくんですね。

その機械的な知性がさらに自己進化をします。冒頭で「AlphaGo」がどんどん強くなっているという話をしました。完全に自己進化をしている状況ですね。自己進化を続け、知性体はいよいよ「超知性体」と呼ばれるものになっていきます。その結果、生命がこの地球上に誕生してからずっと人類が知性階級の最上位にいた状態が崩れ去ります。さらに、我々の持っている既成概念や前提条件がすべて通用しなくなるような状態が生じます。

それは非常に悪いことのように思われるかもしれません。しかしそうではなく、我々人類にとっては新しい可能性、進化の可能性がもたらされることにもなるんですね。こういったタイミングは、どういった時期か。レイモンド・カーツワイル先生は「遅くとも2045年」という見立てでした。あの本が出てから10年が経ち、最近では私を含めた科学者・未来学者の中で「もっと早いのではないか。それは2030年に起きてもおかしくない」という意見を持つ人が増えてきています。

プレ・シンギュラリティがもたらす2つの「ふろう」

そんなシンギュラリティに対して、「プレ・シンギュラリティ」、前特異点の話をします。分かりやすく説明すると、シンギュラリティとは技術的な特異点とも言われます。科学技術に根ざした特異点を指すわけですが、我々の毎日の生活に直結するという意味においては、社会的特異点のほうがはるかに重要であろうと思います。それを私は前特異点としています。

これは、スパコンや人工知能の演算性能が飛躍的に向上することで、エネルギー問題や食糧問題、安全保障問題、医療や生命科学などすべての問題が解消されて、例えば衣食住がフリー、無料になります。結果として人類は歴史上初めて労働から解放されることになります。

「職が奪われる」という言い方をされることもありますが、これは間違いですね。労働から人類が解放される。そして、これは後で詳しく説明しますが、老化、年を取るということからも、人類は解放されることになります。不労と不老、読みは同じですが2つの「ふろう」ですね。

そうなると、人の寿命は非常に長くなるんですが、生まれた瞬間から好きなことだけをして生きていくことができる、本来の人間らしい生き方ができる、そんな社会が実現するということになります。

これをこまかく説明すると、600ページくらいになってしまいました。2年ほど前に『エクサスケールの衝撃』(PHP研究所)という本を出し、この中で詳細に説明しています。この本には「次世代スーパーコンピュータが壮大な新世界の扉を開く」という副題も付いているんですが、そのスパコンの話に移りましょう。

世界1位から3位を独占する次世代スパコンを開発

我々は経済産業省のNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)様から大きな助成を何度かいただき、2014年に世界最先端のプロセッサーを開発することに成功しました。これは1つの辺が2センチメートルの、かなり大きな半導体です。その中に1024個というものすごい数の「コア」と呼ばれる小さなCPUがたくさん詰め込まれています。皆さんがお持ちのスマートフォンの中には4個とか8個のコアが入っていますが、桁がそこから3つ上の、1000個単位のコアを集積し、しかも電力をあまり消費しない高効率のプロセッサーを作ることができました。

死にものぐるいで開発を進め、2014年の10月、つくば市にある高エネルギー加速器研究機構という国の研究機関に我々の初代のスパコンを設置しました。申し訳程度の、壁際にある1メートルの通路に置いたスパコンなんですが、これは豆電球が1個灯る程度の1ワットの電力で、1秒間に50億回もの複雑な計算をこなすことができるコンピュータです。

スパコンというのはいろいろな定義があるんですが、常識的な理解としては世界中にあるコンピュータを順位付けして、上から500番目までのものをスパコンと呼びます。11月に出たランキングで、壁際に設置されたそのスパコンは369位に入りました。1秒間の1ワットの電力による計算能力としては世界2位という快挙を成し遂げることもできました。

しかし、世界2位では当然ダメなわけです。翌2015年にはゼロから開発して、さらに新しいスパコンを作りました。こうしてできた第2世代のスパコン「Shoubu(菖蒲)」は、埼玉県和光市にある理化学研究所本部の情報基盤センターに設置させてもらいました。銀色の箱が5つ、小さいサイズの洗濯機が5台並んでいる様子をイメージしてください。

これは、世界で70位の性能を出すことができました。1ワットあたりの消費電力性能では、1秒間に70億回もの計算ができるようになり、世界1位を取ることができたんです。他にも小さなスパコンを2台作っており、これらを合わせて1位から3位までを独占することができました。

では、スパコンの上でどんなことをするのでしょうか。いろいろなことができます。皆さんが使っているスマホやパソコンでできることは当然可能です。加えて、非常に大きなデータに対する探索、解析、モデリング、シミュレーションもできます。これが科学製品の技術開発にはなくてはならないものとなっています。

我々のスパコンは一通りのことができるんですが、中でも昨年注目された取り組みとしては、「ネコの小脳」を洗濯機5台分のスーパーコンピュータの中でリアルタイムに再現するというものがありました。これは世界初のケースで、非常に大きな成果が出ています。今年中には、人間の小脳を我々のスーパーコンピュータ上で動かせる予定です。当然その次は小脳から大脳に移り、かつてない研究成果を出せるものと確信しています。